新しいお客様を探すことばかり考えて、すでにお客様になってくれた方のことを、つい後回しにしていないでしょうか。私がそうでした。納品が終わると、次の新規のことで頭がいっぱいになる。気づけば、いちばん信頼してくれている人たちと、いちばん疎遠になっている。第5部の締めくくりは、この逆転を直す話です。既存のお客様との関係を深め、次の提案を自然に生み出す設計。読み終えるころには、「売り込み」と「深耕」の違いが、はっきり見えているはずです。
22-1 新規獲得の5倍難しくない:既存客こそ最大の売上源
1:5の法則の実感値
マーケティングの世界には、「新規のお客様を獲得するコストは、既存のお客様に再び買っていただくコストの5倍かかる」という、よく知られた経験則があります。1:5の法則と呼ばれるものです。厳密な数字は商売によって違うでしょうから、5倍という数字そのものを信じる必要はありません。ただ、方向としては、私の実感とも、仕事で見てきた多くの現場の実感とも、完全に一致します。
考えてみれば当然です。新規のお客様に買っていただくには、第3章の二軸、つまり課題への認知と、あなたへの信頼の両方を、ゼロから育てる必要があります。本書の前半すべてを使って設計してきた、あの長い道のりです。一方、既存のお客様は、両方ともすでに高い。あなたの仕事ぶりを知っていて、信頼があり、自分の課題にも向き合ったことがある。同じ一件の依頼に至る距離が、まるで違うのです。
既存客への遠慮という機会損失
それなのに、なぜ既存のお客様への提案は、後回しになるのか。理由は手間ではありません。遠慮です。
「もう十分お金をいただいたのに、さらに提案するのは、がめつく見えないか」。この感覚、私には痛いほど分かります。私自身、納品を終えたお客様に次の提案をすることが、長らくできませんでした。けれど、あるとき、お客様の側の言葉に驚いたことがあります。「ほかにもできることがあるなら、早く言ってくださいよ」。その方は、私が遠慮していた間に、別の困りごとを別の会社に頼み、そして満足していませんでした。遠慮は、相手のためのつもりで、実は相手の選択肢を狭めていたのです。提案しないことは、控えめな親切ではなく、情報を渡さないという不親切でもありうる。この気づきが、私の深耕観を変えました。
深耕は押し売りではなく続きの支援
とはいえ、「もっと買ってもらう」という言葉の座りの悪さは残ります。だから、言葉を替えましょう。深耕とは、支援の続きです。
お客様の商売は、あなたの納品で終わりません。一つの課題が解決すると、次の課題が見えてきます。ホームページができれば、次は集客が課題になる。仕組みができれば、次は運用が課題になる。深耕とは、その「次の課題」に、いちばん文脈を知っている人間として寄り添い続けることです。押し売りとの違いは、出発点にあります。自分の売りたいものから始めるのが押し売り。相手の次の課題から始めるのが深耕。この章でお話しする型は、すべて後者の設計です。
22-2 LTV(顧客生涯価値)で考える商品ラダーの設計
LTVの計算をざっくりやってみる
LTV(顧客生涯価値。一人のお客様が、お付き合いの全期間を通じてもたらしてくれる売上の合計)という言葉があります。難しい計算式もありますが、ひとり商売なら、ざっくりで十分です。
過去のお客様を何人か思い浮かべて、最初の依頼から今日までの合計額を、頭の中で足してみてください。すると、二つの型があることに気づくはずです。一度きりで終わった方と、何度も依頼をくださる方。そして多くの場合、売上の大黒柱は後者です。単価の高い一見のお客様より、長く付き合う常連のお客様。LTVという横文字が言っているのは、江戸の商人が知っていた「お得意様がいちばん」という話にすぎません。ただ、この視点を持つと、商売の設計が変わります。一回の取引で最大の利益を取る設計から、長く付き合える関係をつくる設計へ。値付けも、対応も、フォローの熱心さも、すべてが変わるのです。
ラダー:次の課題に次の商品を
長く付き合うためには、付き合いの続く道筋が要ります。それが商品ラダー(はしご)です。第2章の三階建て(フロント・ミドル・バックエンド)は新規のお客様がのぼる階段でしたが、ラダーはその続き、既存のお客様が次に進む段です。
つくり方は、机上で商品を考えるのではなく、実際のお客様の「その後」から拾います。納品のあと、お客様は次に何に困ったか。あなたに何を追加で聞いてきたか。私の場合なら、仕組みを納めたあとに必ず来るのは、「で、これをどう使いこなせば」という運用の相談でした。だから、納品の次の段に、運用伴走を置く。あなたのお客様が納品後に必ずぶつかる壁が、次の商品の設計図です。すでに何度も無料で答えてきた質問こそ、ラダーの次の段の有力候補だと思ってください。
単発客を継続客に変える接点設計
ラダーがあっても、接点が切れていては、のぼってもらえません。単発で終わるお客様と、続くお客様の分かれ目は、納品後の接点があるかどうかです。
ここで、これまでの部の道具が全部つながります。納品したお客様には、お便り(面)を続ける。第10章でお話しした、過去のお客様こそ最も温かいリスト、という話です。そしてCRM(点)には、納品から3か月後に「その後いかがですか」の予定を入れておく。全員に売り込みを続けるのではありません。全員と接点を切らさず、機が熟した人に個別で向き合う。まさに面と点の役割分担(第20章)そのものです。深耕とは特別な営業活動ではなく、これまで組んできた半自動の仕組みを、既存のお客様にも回すことなのです。
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第6部は、いよいよ本書の原点、交流会と1on1の世界です。名刺交換で終わる交流会を、関係の入口に変える設計から始めます。
