一人ひとりと丁寧に向き合うために、あえて「全自動」にはしない。
この本の背骨になっている一文を、あらためて最初に置きます。この章は、本書の書名の由来そのものである「半自動配信」の章だからです。序章で、丁寧に組んだ全自動のシナリオが読まれなくなっていく話をしました。第12章で、パーソナライズの階段の最上段は「関係性で合わせる個別編集」だとお話ししました。その二つが合流するのが、ここです。シナリオで型化し、送信前に人が仕上げる。私が失敗の果てに行き着き、いまも毎週月曜に回している仕組みの、思想と実務をお話しします。
13-1 全自動ステップメールの限界:既読スルーされる「機械の声」
「機械の声」は既読スルーされる
まず、私がなぜ全自動を手放したのか。その話を、もう少しだけ具体的にさせてください。
全自動のステップメールは、登録から3日後、7日後と、決めたとおりに正確に届きます。正確さは、機械の美点です。でも、読み手の側から見ると、その正確さが、だんだん透けて見えてきます。自分の状況と関係なく届く定型文。返信しても、返ってこないだろうと感じる文面。何通か受け取るうちに、読み手は反応しなくなります。既読スルーというより、存在スルーです。私の配信で、クリックも返信もぱたりと途絶えていったのは、内容が悪かったからではありません。「これは機械が送っている」と伝わってしまったからでした。
全自動が壊す三つのもの:文脈・鮮度・敬意
全自動の何が、それを伝えてしまうのか。私の整理では、壊れるものが三つあります。
一つ目は、文脈です。先週会ったばかりの人にも、一年音沙汰のない人にも、同じ3通目が届く。相手との関係の文脈を、全自動は知りません。二つ目は、鮮度です。シナリオを書いたのは半年前の自分です。季節も、世の中の話題も、自分の近況も、文面の中で止まったまま届く。三つ目が、いちばん大事な、敬意です。一通のメールは、相手の数分をいただく行為です。その数分に、こちらも数分をかけているか。全自動は、この対称性を崩します。かけていない時間は、不思議と、文面から伝わるのです。
効率化の果てに残る「誰にも読まれない完璧なシナリオ」
こうして行き着くのが、皮肉な結末です。設計は完璧、配信は正確、なのに誰にも読まれないシナリオ。私は自分でそれをつくり、眺めていた時期があります。
効率だけを追うと、配信は「送る作業」になります。送ることが目的になり、届くこと、読まれること、関係が動くことから、少しずつ離れていく。もしあなたがいま、全自動の配信を組んでいて、数字の下降を眺めているなら、責めるつもりはまったくありません。私も同じ場所にいました。ただ、こう考えてみてほしいのです。問題は自動化したことではなく、最後の一手まで自動にしてしまったことではないか、と。
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自分の声で届け始めたら、次は届いた先で何が起きているかを見る番です。クリック、返信、解除。数字は冷たいものではなく、リストの向こうの人たちの、小さな返事です。信じていい数字と、目安に留める数字の見分け方から始めます。
