「実は、その件で相談したいことがあって」。関係が育つと、この言葉がやってきます。ここからが商談、セールス面談です。正直に言うと、私は商談が苦手でした。価格を聞かれると声が小さくなり、「検討します」と言われると、それ以上何も言えない。営業のセミナーで習う押しの強い話法は、自分の性格に合わず、使えばもっと下手になりました。この章でお話しするのは、押しの強さの要らない商談の設計です。話術ではなく準備で、説得ではなく整理で決まる商談。口下手のままでいい、というのがこの章の結論です。
27-1 商談の全体フロー:ヒアリング→課題合意→提案→クロージング
四段階の地図を持って臨む
商談が苦手だったころの私は、商談を「一発勝負のプレゼン」だと思っていました。うまく説明できれば決まり、できなければ失注。でも、商談には決まった流れがあり、流れの地図を持っているだけで、景色が変わります。
地図は四段階です。第一に、ヒアリング。相手の現状と困りごとを聞く。第二に、課題合意。「今回解決すべきは、これですね」と、課題の定義を二人で確認する。第三に、提案。合意した課題への解決策と価格を示す。第四に、クロージング。決断を整理して、次に進むかを決めてもらう。この地図があると、いま自分がどこにいて、次にどこへ進めばいいかが、商談の最中に分かります。緊張で頭が真っ白になっても、地図は残る。プレゼンの上手さより、この地図のほうが、よほど頼りになります。
段階を飛ばすと戻れない
四段階で、いちばん多い事故は、順番を飛ばすことです。とくに、ヒアリングと課題合意を飛ばして、提案に走ること。
私も何度もやりました。相手の話を少し聞いただけで、「それなら、こういうことができます」と解決策を語り始めてしまう。親切のつもりでした。でも、課題の定義が合っていない提案は、どれだけ立派でも、的外れです。しかも、一度提案を出してしまうと、「そもそも課題は何か」には戻りにくい。相手の頭は、もう価格と比較のモードに入っているからです。急がば回れ、は商談のためにある言葉です。ヒアリングに商談時間の半分以上を使い、「今回のいちばんの課題は◯◯、ということで合っていますか」という課題合意の一言を、必ず口に出して確認する。この一言が、後半のすべての土台になります。
ひとり経営者の商談は「共同作業」
もう一つ、地図の持ち方で大事なことがあります。四段階を、相手を攻略する手順ではなく、共同作業の工程表として持つことです。
ひとり経営者の商談は、大企業の営業と違い、受注したら自分が実行します。つまり、商談相手は、攻略対象ではなく、これから一緒に仕事をする相手です。だとすれば、商談は「売り手対買い手」の交渉ではなく、「二人で課題を眺めて、解決する価値があるかを検討する会議」であるべきです。この構え方は、綺麗ごとではなく、実利があります。共同作業の空気がつくれると、相手は防御を解いて、本当の事情、予算、社内の力学、過去の失敗を話してくれます。その情報こそ、的を射た提案の材料です。売り込む商談は情報が閉じ、共同作業の商談は情報が開く。勝敗はここでほぼ決まります。
27-2 ヒアリングの技術:課題を「一緒に発見する」質問設計
現状→理想→障害→影響の順に聞く
ヒアリングにも、道しるべがあります。私が使うのは、四つの質問の流れです。
まず、現状。「いまは、どうやっていますか」。次に、理想。「本当は、どうなっていたいですか」。三つ目、障害。「その理想を邪魔しているものは、何だと思いますか」。最後に、影響。「このままだと、どんな影響がありそうですか」。現状と理想の間の距離が課題で、障害がその原因、影響が解決の緊急度です。この順で聞くと、相手の頭の中も一緒に整理されていきます。実際、ヒアリングの途中で「話していて、整理できました」と言われることがあります。そうなったら、この商談は、もう半分成功しています。あなたは売り手である前に、課題整理を手伝ってくれた人になっているからです。
相手の言葉で課題を言語化してもらう
ヒアリングの仕上げは、課題の言語化です。ここに、大事なコツがあります。こちらが要約してあげるのではなく、できるだけ相手の言葉で言ってもらうことです。
「つまり、御社の課題は◯◯ですね」と、こちらが綺麗にまとめると、相手は「ええ、まあ」と頷きます。でも、この頷きは弱い。人は、自分の言葉にしたことしか、本当には納得しません。だから私は、まとめる前に聞きます。「いろいろ伺いましたが、◯◯さんとしては、いちばん引っかかっているのはどこですか」。相手が自分の言葉で「やっぱり、△△なんですよね」と言ったら、その言葉を、こちらは大切に書き留める。第22章でお話しした「自分で見つけた課題の解決策を人は選ぶ」の、商談版です。課題の言語化の主役は、常に相手。こちらは、問いで手伝うだけです。
聞くだけで信頼が生まれる理由
ここまで、まだ何も売っていません。それでいいのです。実は、ヒアリングそのものが、最強の営業活動だからです。
考えてみてください。あなたの商売の周りに、あなたの話をこれほど丁寧に聞いてくれる人が、何人いるでしょうか。多くの経営者にとって、自分の事業の悩みを、順序立てて、遮られずに、深く聞いてもらう経験は、それ自体が希少です。丁寧なヒアリングを受けた相手は、解決策を聞く前に、もう「この人は分かってくれる」と感じ始めています。二軸で言えば、課題への認知が整理されると同時に、人への信頼が積み上がっている。売り込みが両軸を削るのと、ちょうど逆のことが起きるのです。口下手でいい、と言った理由がこれです。商談の前半戦は、話す力ではなく、聞く力の勝負だからです。
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商談の先には、もう一つの実りがあります。紹介です。お願いしなくても紹介が生まれる関係を、どう育てるか。ご縁の循環のいちばん美しい部分の話です。
