交流会で名刺を交換して、話が弾んで、「ぜひまた」と言って別れる。
あの瞬間の温度は、確かに本物だったはずです。
それなのに、二週間も経つと——
相手の顔は思い出せても、何を話したか、次に何をする約束だったか、輪郭がぼやけてくる。
そして気づけば三ヶ月。いざ連絡しようとしても「今さら何て送れば」と手が止まる。
これは、サボっているわけでも、薄情なわけでもありません。
人間の脳が、そういう作りになっているだけです。
忘れることは、ちゃんと研究されている
19世紀の心理学者エビングハウスは、人が覚えたことをどのくらいの速さで忘れていくかを、実験で測りました。
有名な「忘却曲線」です。覚えた直後から記憶は急な坂を下りはじめ、一日も経つとかなりの部分が抜け落ちている。
ただ、この研究には続きがあります。
忘れてしまう前に、もう一度思い出すと、坂はゆるやかになる。
間隔をあけて思い出すことを何度か繰り返すと、記憶はだんだん定着していく。
受験勉強で使う「間隔反復」のもとになった考え方ですね。
これは、暗記だけの話でしょうか
私はそうは思いません。
人と人との関係も、同じ曲線を描くのではないか、と感じています。
会った直後が、いちばん濃い。
そこから何もしなければ、関係は静かに坂を下っていきます。
でも、忘れられる前にもう一度接点を持てば、坂はゆるやかになる。
それを何度か繰り返したころには、相手にとってあなたは「久しぶりの人」ではなく「いつもの人」になっている。
問題は、その「忘れられる前のタイミング」が、自分では分からないことです。
記憶も気合いも、まさにこの曲線に沿って薄れていくので、
「そろそろ連絡しなきゃ」と思い出した頃には、たいてい坂を下りきってしまっています。
一斉配信に逃げると、かえって冷める
ここで多くの人は、メルマガのような一斉配信で接点を保とうとします。
それ自体は悪くありません。顔の見えない相手に、ターゲットを定めて届ける——リストマーケティングの王道です。
でも、交流会で実際に会って、話して、相手の状況まで見えている人に、
他の何百人と同じ文面が届いたら、どう感じるでしょう。
気持ちが伝わるどころか、「ああ、リストに入れられたんだな」と、かえって温度が下がる方もいます。
一斉配信(面)と、一対一(点)は、どちらかを選ぶものではなく、使い分けるものです。
そして点の接触こそ、タイミングが命なのです。
忘れる前に、教えてもらう
実は、この仕組みはすでにねこすけCMSの機能として動いています。
私自身、毎日これに助けられながら、人とのご縁をつないでいます。
流れはこうです。
一度会った相手を、忘れられる前のちょうどいい間隔で——
最初は短く、関係が定着するにつれて少しずつ長く——
「そろそろこの人に連絡を」と、CMSがそっと教えてくれます。
リマインダーが届いたら、まず雛形のメッセージから下書きが自動で用意されます。
久しぶりの相手に「最初の一文字」をゼロから考えるのが、いちばん腰が重いところ。
そこを埋めておいて、あなたはその下書きに、その人に向けた一言を追記するだけ。
白紙から書くのと、すでにある文章に足すのとでは、手の動き出しがまるで違います。
さらに、AIが相手のプロフィールと、あなたが用意した雛形をもとに、メッセージ案そのものを提案してくれます。
「前回こんな話をした方」「こういう関心をお持ちの方」——
蓄積された相手の情報を踏まえた案が出てくるので、
一斉配信のような「誰にでも当てはまる文面」にはなりません。
ただし、ひとつだけ決めていることがあります。
AIが出すのは、あくまで案。そのまま送ることはしません。
最後はあなたが目を通し、あなたの言葉に整えてから送る。
点の接触は、人の手が入っているからこそ点なのだと思うからです。
忘れないように頑張るのをやめて、忘れる前に教えてもらう。
書き出しはCMSとAIに任せて、心のこもった一言は自分で足す。
そうすれば、あの交流会で生まれた温度を、坂の下まで転がり落とさずに済みます。
人脈は、貯めるものではなく、薄れさせないものだと思っています。
あなたが「また会いたい」と思ったあの感覚は、ちゃんと本物でした。
それを忘却曲線のなすがままにしないために、少しだけ仕組みの力を借りてみませんか。

